猫の存在感

猫の存在感とは!?

「あなたにとって猫とはズバリ何ですか?」

 

いきなり質問されても抽象的すぎるあまりに答ええに困る人が多いはずです。

人により「単なる動物に過ぎない」「我が子同然であり家族の一員だ」「日常生活の癒しや安らぎを与える力を持つ」「人間の言葉は理解できないため、意思疎通が不可能だ」「不衛生である」「夜鳴きがうるさい」など様々な見方があるでしょう。

私にとっては、正直なところ『癒し』『安らぎ』を与えてくれる存在という見方が強いです。

幼少期から「猫はとにかく独特の仕草が可愛い」という思いが念頭にあり今も正直変わっていません。

猫の暮らしも甘くはない。

人間は幼少期から成人に至るまで、親や兄弟、学校などを通じて社会のルールを学び、それを守る必要があります。特に学校やサークルや会社でも暗黙の決まりみたいなものがあり、破ると雰囲気が悪くなりますね…。そして就職や結婚を機に親元を離れ自立していきます。

生き方も多様化していますが、世界中の全員が一斉に好き放題に生きてしまうと社会のバランスが崩れるでしょう。

世間体や法律などルールを意識した生き方がやや窮屈に感じる瞬間は誰しもあるかもしれません。そんな時はふと「法律や人間関係などない動物が羨ましい」「人間より遥かに自由な人生に違いない」と思っていました。ただこれらは恵まれた環境で飼育されている犬や猫の世界だけでしょう。

野良猫に重点的に視点を置くと人間と異なり、自給自足で寒さや暑さや飢餓などと常に隣り合わせです。よく山や河川敷や公園に捨てられた猫を目撃すると不憫に思いました。「可哀想」という気持ちから保護しようとしても慣れていない素人が捕獲するのは至難の技です。過酷な環境に置かれ身の危険に常に晒されてることを想像すると、人間の方がよほどマシでしょう。

結局、人間も猫も「どんな環境に身を置いて暮らすか」で人生も変わる可能性は大です。

私は後に記載しますが持病により子供を設けることが出来ません。

32歳の時に「我が家に猫を招いて幸せな暮らしを15年間提供してあげたい」と思いました。

※15年間は猫の平均寿命が約10年から15年と聞いたからです。

「猫飼いたい」「ダメ」と言われ続けた10代。

私自身、記憶が薄いですが幼少期のアルバムに仔犬や子猫を抱いたりしている写真が多いです。「本当に人間より動物が好きな子供だった」と言われました。事実、人付き合いよりは猫とたわむれている方が至福かもしれません。

犬は昔大好きでしたがキャンキャン、ワンワン吠えるため、苦手意識があります。元々、大きな音が苦手なので犬より鳴き声が苦手なのかもしれません。

ショックだったのが実家の両親が、どうしても動物全般NGだったのです。父と母はお見合いで知り合いましたが動物が嫌いということで意気投合したらしいです(笑)こんな理由で縁談が進むなんて…。

結局、父・母・私・弟の4人家族でしたが、なぜか私のみ動物好きだったので「誰に似たのかしらねぇ」など言われました。

「私も猫が飼いたいな」という気持ちは小学4年生の頃に最初に訪れたのです。きっかけは同級生の家にいたアメリカンショートヘアの♀です。丸くてムチムチしていてすごい可愛くて、友達に会いに行くのと同じぐらい猫を見るのも楽しみにしていました。

中学生時代の同級生は、犬か猫を飼っている人がほとんどでした。ウサギやハムスター、モルモットやリスを飼っている家もいました。後はインコや文鳥や金魚などペットと言っても種類は様々ですね。ますます猫を飼いたい願望はピークに達しました。

「なんでウチだけダメなの?」「私は不運だよ」と家族に反抗してました。

両親の動物全般がNGな理由は、生き物が亡くなる姿を見るのが辛い、人間より寿命が尽きる時期が早い、人間への感染症、目の痒みや腫れなどアレルギーが心配だったそうです。動物全般に対してて、衛生面でも良いイメージを抱いていませんでした。確かに人間より長生きするペットって亀ぐらいでしょうか?

その為、他所の家や近所の公園などで犬や猫を触ってきた後はよく「汚いから手をしっかり洗いなさい」と注意深く言われました。

学校の遠足で、動物園などに出向くことも嫌っていたのです。親戚とサファリパークに出かける時も直前まで反対していました。私自身は犬・猫問わずライオンやキリン、猿などとにかく動物が動き回る姿や食べる様子を観察するのがたまらなく好きだったため、今でも両親の考えはやっぱり分からないです。両親も私が猫に魅力を感じる理由が分からないと話します。

両親は動物と人間は命がある面は共通しているが、異質な存在に見えたのかもしれません。

猫OKのために、努力もした。

昔、よく耳にした話ですが大概、「可愛いから飼いたい!何でもする!」と子供が両親にお願いすると両親がしぶしぶ、条件付きでOKを出す話をよく耳にしました。

両親にとって動物を家族の一員として迎えることが『子供が責任感や協調性、命の重みなどを学ぶ貴重な経験や機会になる』と思う場合もあるようです。

ただまだ学生ならテストの成績UPや部活を頑張ったプレゼントとしてペットショップで購入してもらう人が多かったです。

当時は進学塾に通わせてもらっており、部活も緩い文化部だったため試験前は勉強に集中できました。

学校の成績も比較的良い方で、勉強に関して親から注意を受けたことはなかったのです。田舎の中学でひと学年50人前後で10番以内には入っていましたが、どうやら私の代はあまり出来がよろしくないとかいう噂も後に聞きました。

10番以内のメンツもしょっちゅう変わっていたのです。

「よし、じゃあ3番以内なら猫OKしてくれる!?」とお願いすると、

「ダメ、1位なら少しは考えてあげる。それから少々の体調不良では塾は休まないこと。」と言われました。

1位はまさにスポーツ万能成績優秀な上、美人で性格も良いという絶対に人間面でも抜けない同級生が座を獲得していたため、既に諦めモードでした。しかしワンチャンスあるかもしれない…と期待しながら頑張りました!

子供の頃ほど、ペットやゲーム、財布や衣類などジャンル問わず欲しいもののためなら無限のパワーが溢れるんですね!!

しかし結果は5位…。

「そうか…ダメだったね。」と母に言われた時にプシャーと怒りが込み上げてきたんです。

最初は可愛さ余ってお世話にはりきるものの、糞尿の始末の掃除、散歩など日々の面倒なお世話は両親が担当する形になります。

次第にペットの面倒を真剣に見なくなる子は多かったのです。もちろん熱心に責任感を持って面倒見る子も沢山いました。青春時代は、興味や楽しみの世界も目まぐるしく変わります。まだ命の重みを知るには難しい年頃であり、手に入ったら満足し飽きてしまうのかもしれません。

私は小学4年生の頃から欲しかったため、中学時代は生半可な気持ちではありませんでした。

同級生や知人の住まいに限らず、八百屋や米屋さん、駄菓子屋などお店の玄関先や店内にゴロンと猫が転がっていたり、水槽の中で金魚や熱帯魚が勢いよく泳いでいる姿はよく目撃しました。なぜか、日本中で人間以外が住まいにいない家庭がウチだけのようにも思えていました。

しかし中学3年生の時に、ある出来事がきっかけで後の転機となるような言葉を母親からかけられたのです。

 

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