欲しいもののために努力を積み重ねる。

新たな目標へ。

中学3年の夏休みに、我が家(実家)に暮らしている間はもう猫どころかペットを飼うなんて不可能だと確信しました。

(※家族がアレルギー持ちや金銭面や仕事で不在の時間が多いなど、ペットを飼育していない家は全国にたくさんあります。)

そして15歳の春…高校も第二志望のところに進学する形に。当時は「受験も思い通りにいかなければ、ペットも飼えない」「私は不運だ…。Kちゃんや普通にペットのいる同級生が羨ましい」とやや捻くれた考え方をしていました。

だが、しかし!!

諦めてたまるものか、環境を変えることで夢は叶うはず。当時の私は何とか挽回してやろうと些細な動機がきっかけで本気になりました。

つまり「県外の大学に進学し親元を離れて暮らせば良いではないか」と考え方を変えました。

今となっては感謝の塊ですが、私の家系は全員大学進学するというルールがありました。

「大学に通いたいのに金銭面の事情で進学できない」「高校卒業後は働きながら夜間、学校に通う」という家庭の人も世間にたくさんいることは知っています。恵まれた環境にいるなら思う存分その機会をフル発揮してやろうでないかと本気で勉強に励みました。私が勉強に本腰を入れることができたのは簡単に猫が手に入らなかったことも良い刺激になっていたのかもしれません。

・絶対に第一志望の大学に合格する。

・プラスαで猫を飼いたい。

と高校卒業後の素敵な人生を描きながら、高校1年生からセンター試験の仕組みや日程、全国にどんな大学があるかなど調べて毎日勉強に励みました。世間体第一の両親に少々、ストレスも感じていたため一人暮らしを想像するだけでワクワクしていました。

 

受験の環境が整っていないカリュキュラムだった。

「県外の国立大学に進学し、猫を飼う。」と決めましたが高校受験より高いハードルが待ち構えていたのです。

国立大学にしぼった理由は、単純に学費が安かったからでした。

しかしズバリ、私の母校は進学校ではありませんでした。「えっ?ゆめさんは中学校の時に成績優秀じゃなかったの!?」とツッコミたくなる人が多数いますが反論させてください。

田舎で当時は第一志望の高校と第二志望の高校のボーダーラインが150点ぐらい離れていたのです。「言い訳するな!!」と言われてしまうと仕方ないですが偏差値50か65の高校の2つしか選択肢がない感じでした。

一応、高校にも進学クラスなるものはありましたが、「部活に力を入れてもOK」「専門学校もしくは短期大学に進学するのもOK」「就職したい方はいつでも職員室まで相談OK」みたいな感じで何をしても自由ですが、逆に何をしたら良いか分からない感じでした。皆が違う方向を目指しており、先生も個別に助言することもなく、決められたカリュキュラム通りに授業は行われるだけです。

そのカリュキュラムもセンター試験や2次試験に対応したものではありませんでした。高校1年生から何となくその現状を知った私は、とにかく教科書の基礎をしっかり学ぶことを意識していました。学校の授業には必須科目であるものの、受験に必要ないものも含まれ「時間がもったいないわ」と思っていました。

受験に特化した授業を集中的に行っている都会の高校が合っている、塾も都会なら受験情報に詳しい大手の進学塾が多いから羨ましい…。

とにかく高校に対する不満や愚痴のオンパレードでした。コツコツ努力する一方で「もっと学校や親がこうならば」と現実を嘆いていたのです。

次第に学校のテスト勉強や課題と、受験に必要な勉強の両立が厳しくなり猫のことを考えている暇がなくなりました。

猫以外に誘惑があった高校時代。

小学4年生の頃から「何とか猫を飼いたい」という思いが膨らみ、高校1年生の頃にピークに達しました。しかし他にも高校時代には何かと興味を惹かれるものが多かったのです。

年齢は既にバレてしまいますが私は87年生まれです。その時代を振り返ってみると「猫ブーム」というものは訪れていませんでした。

それより社会現象となった浜崎あゆみさんの影響からチワワが非常に人気を誇っていました。

実は中1の夏から浜崎あゆみさんの大ファンだった私はシングル、アルバムはほぼコンプリートしております。クレア、マロン、チョコは浜崎あゆみさんの愛犬の名前でしたね。音楽番組やライブで愛犬と共演するぐらい浜崎あゆみさんはチワワ好きでした…。

チワワが登場するテレビCMもあり、「愛らしい瞳がたまらない」と人気したのでしょう。クラスで飼い始める人もちらほらいました。小型犬は今も人気がありますね。私はファンでしたがチワワに感化されることはなかったのですが…。

・iモード、魔法のiらんど、girlswalker、カメラ付き携帯

・漫画、雑誌、ブランド(ANNA SUIとルイヴィトンが流行っていた)

など何かと欲しいものがたくさんある年頃でした。周囲は学校帰りに友達とカラオケやゲーセンに行ったり…プリクラも全盛期で流行っていました(笑)美肌モードがある上、目も大きくなるため垢抜けなかった私でさえ、それなりに美人になるという素晴らしい機能ですね。

「猫も気になるが、他に欲しいものもある。だが、お小遣いはないし高校卒業まで我慢しなきゃいけない…」

だが16.7歳の楽しい年代には勝てなかった。JKという言葉は当時はあまり聞かなかったが、思いっきり頭の中はJKでした。勉強しながらガラケーが気になって仕方ない感じでした。この年代は人間関係や将来の悩みも深いんだけど、夢も大きくて中かと楽しい年代。また「彼氏が出来たよ」「別れたからバイトする」なんて話も聞くと青春を謳歌しているのに、中途半端な自分に苛立っていました。

「猫」どころではない大学受験。

高3になるともう毎日4時間は勉強する癖をつけていました。新しい塾にも通い始めました。寝る前にその日何時間勉強したかメモしていきました。家だと音楽や雑誌が気になり集中できなかったので、近所にある大学の図書館に通いました。季節問わずエアコンの完備がしっかりされており、机が広くてとても勉強しやすかったです。

中学時代は、週2回塾に通うだけでテスト前にも比較的に余裕がありました。分からない部分は全て暗記で補う癖があったのです。説明できない公式も教科書に書かれていた通りに覚えるのは得意でした。集中力はありませんが記憶力は良い方だったと思います。友達の誕生日や携帯番号など数字は特に自信がありました。

しかし…。大学受験は全く通用しません。私は2005年にセンター試験を受験したのですが生物がダントツに難しく泣かされたのを覚えています。(※今はセンター試験が廃止されると聞いて驚いています。同時にこんなに長い年月が経ったのか…と感じます。)センター試験独特の選択式が苦手でした。今も思いますが、2つまで絞り込み最後で外していたんですね。「運が悪かった」と模試の答え合わせをするたびに運のせいにしていました。センター試験そのものは教科書の基本的な知識や基礎を理解しておけば、70点は取れると言われていますが50点ぐらいでした。

「これでは受験に失敗する…絶対に自由な暮らしを手に入れたいんだ」私はそう心に決めていました。

理由は、両親への反発ですが門限が厳しく、携帯も高2まで持たせてもらえなかった、何かと国立大学合格とプレッシャーをかけられ『心の自由がない』と感じていました。反面、「親や先生の言いなりでなければならない」「自分は何をしたいか分からない」と葛藤を抱えていたのです。

同級生がやたら自由に見えて青春を謳歌していることにも腹が立っていました。一方で勉強に没頭する校風ではなかったため、いつの間にか周囲から孤立してしまい学校に行くと過呼吸に苦しみました。国立大学に通いたいが、孤立するのが恥ずかしい…といった繊細な年頃でした。ひたすら模試の成績で地方の国立大学ではC判定を取ることを目指す一方、私は嫌われている、冴えないとか答えが出ないことばかり考えてしまいとうとう勉強も集中できなくなりました。

ふと、道端で「にゃーん」なんて猫に話しかけられても上の空です。

「塾や参考書や問題集など沢山費用がかかっているのよ?絶対に現役合格よ。何が何でも一発で受かりなさい」この母親からの重圧が苦しい反面、私自身も浪人なんて絶対に辛い…。毎日時計ばかり気にしてノートをまとめたり過去問を何度も解く同じ作業の繰り返しはストレスが半端ないと思いました。時々、全国の受験生が集まるオンラインチャット形式の掲示板で悩みや葛藤を共有している間は救いでした。

しかし、私はとうとう12月に精神的なプレッシャーに耐えられなくなってしまったのです。

 

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