大学進学後から現在に至るまで。

人生で一番輝いていた頃。

『ペット可物件』ではないものの、これからは両親の干渉がなくなり自由に過ごせると思うと気分はハイテンションだったのです。

一番人生でテンションが高く、明るく自信を持っていた時期でした。中学、高校時代の私を知る人物もいないため心機一転こちらで人生をリセットできる!!と期待に胸をふくらませていました。

大学は高校時代とは異なりすぐに友達は出来ました。私の行動力ではありません(笑)

最初の説明会で友人になった子が、人脈が広く積極的な性格だったのです。見た目は少しギャル風で全然自分とは違うタイプでしたが4年間結構一緒に過ごす仲でした。大学は専攻分野に加えて人間関係まで自由に選べるのがメリットです。どの学部,学科に所属するかで自由の幅は異なりますが私の大学はかなり緩かったです。

高校時代のように決まったカリキュラムや担任、クラスメートに縛られなくて済むので講義は一度見学して講師や内容が合わないと感じたら、学ばない選択も可能です。ただ逆に言うと全て自己責任になるため一年で取得しておく必須科目や教養などきちんとカウントしておかなければなりません。自分の興味に近い授業ばかりを選んでいると倫理学,心理学,医療分野,語学,海外の文化など文系に近いものばかりになりました。ちなみに専攻は経済学部でした。

好きな授業を学べて昼休みには友達数人と学食でご飯を食べて夜になれば友達の家に遊びに行く、彼氏もできて(振られてばかりいて、友人に迷惑んかけていた)かなり充実した日々でした。

2年生になると、朝から晩までバイトをしたり教習所に通ったり好き放題して過ごしていたのです。私に対して誰かが何かを言うとか、気にするということはありませんでした。学生の頃は勉強に励み、バイトも両立しているとOKと社会は許してくれました。

次第に「子供の頃は猫を飼いたいと思っていたな…」と過去形に変わったのです。

「あれ!?」とツッコミを入れたくなる方もいると思いますが一人暮らしになると掃除や洗濯など皆一人でしなければなりません。まだ学生の身分で仕送りをしてもらっていました。

しかし大学の授業、バイト、講義やゼミのレポートやテスト勉強などこなしていると結構忙しい日々になります。

家を空けている時間の方が長く、誰も面倒を見る人などいません。

一人暮らしかつ学生の身分では、マンションに猫を迎えるのは困難だったでしょう。(※そもそもペット可物件ではない)また4年延長という形になりました。

猫が信じられない価格で売られているペットショップがあった。

四国地方と書くとピンと来られる方も多いでしょう。実は大学のある場所はまさに自転車王国でした。「自転車王国,自転車天国って何ぞや?」と聞かれますが人の行き交う商店街や交差点など自転車で移動する人が非常に多いのです。今はピーク時を過ぎて規制がかかり落ち着きましたが、一時期は老若男女問わず自転車で移動し、しょっちゅう事故が多発していました。同時に自転車の盗難や放棄、またパンクなどのイタズラも多く問題となっていたのです。

大爆笑エピソードですが、私はマンションの駐輪場に置いた自転車のサドルを逆回転にされました。直し方が分からずマンションに住む同級生に電話して直してもらったことがあります。現場に来た友人は自転車を見た瞬間に爆笑していました。

あと自転車の鍵をかけ忘れた人も「どうぞお好きに使ってください」と無償で他人に提供しているようなものです。

ほぼ100%に近い形で盗難の被害に遭います。自転車の鍵も100均で質が低いものでは、壊される可能性もあります。

あれから15年…。もう随分変わっているらしく、自転車のマナーも厳しくなりましたが皆さん、鍵は二重にかけておきましょうね。あと人混みを猛スピードで走るのはNGですよ。

朝の通勤ラッシュとかすごかったです。不思議と若い頃ってそんな活気づいた町並みにいると気分が良くなり、友人やバイトの先輩と目的もなくウロウロしたりしていました。

 

関係ない前置きが長くなりすみません。

そんな商店街の中にポツリとペットショップが…。

なんと、なんと仔犬や子猫が1000円から1万円ぐらいで販売されているんです。

子猫の種類は雑種がほとんどでした。ミックスの子猫だと5000円の価格でした。販売開始からほぼ2,3日で売り切れており、お店の前を通るのが楽しみでした。

暑い時期(7月から10月半ば頃)まではよく販売されていました。10匹ぐらいゲージに入れられ「ニャーニャー」外に響くぐらいに鳴いているんですよ。

信号待ちする場所に丁度そのお店があるからつい「おやっ?」と立ち止まり、気が変わり信号が青になっても、眺めたまんまでそのまま店に入る人が多かったです。

個人経営で老夫婦が営んでいた小さなお店ですが、ウサギや文鳥なども販売されていました。エサやペット用トイレの砂や首輪なども少し置かれていました。

NG行為で申し訳ないのですが、ついつい「本気の購入意思はないが可愛い子猫がどうしても見たい」とお店にちょこちょこ恋人と出入りしていたのです。まだ生後2か月になるかならないぐらいの大きさの子猫ばかりでした。

当時は価格より「小さくてやっぱり猫大好きやわ」っていう感覚で眺めていましたが、ペットショップに比較すると恐ろしい安さです。

※血統書や誕生日,ワクチン摂取の有無など健康診断書などはありません。

購入する人の様子を眺めると、気に入った子猫はダンボールに入れられ代金を支払うのみです。

(※ちなみに、私は14年後の2019年にこのお店にTELする形になります)

社会人になると更に猫と遠ざかる日々に。

大学生活は非常に充実した日々でした。

勉強で得た知識やバイトの経験、友人も恋人も、疎遠になった今でも、良い想い出です。

記憶は自動的に美化されますが、学生時代は特に振り返ると責任などないから輝いて見えますね。

私はアメリカ文化論を研究するゼミに入り、学生から一番好きだった英語を活かし興味のあったアメリカの医療制度を卒業論文のテーマにしました。

「苦労して入った大学で好きなように勉強できまさに後悔などない!!」これからの人生も上手くいくだろうと思っていたが甘甘甘甘ちゃんぐらい甘かった。

※辛すぎる社会人生活が幕を開けて、ペットどころか自分の将来が危ういと怯えて暮らす日々が始まったのです。

私は卒業後も一人暮らしを希望し地方の小売業界に就職しました。

売り手市場で就職活動もそれなりにしましたが少し甘かったです。

大学時代に「公務員にならないか?」と友人から誘われましたが缶詰め状態で勉強するのはもう辛い…という理由から逃げたのです。

50社ぐらい民間の会社の説明会に参加し、内定を受けた会社も2,3社ありましたが今住んでいる場所から自転車で通え、かつ事務ができるという理由で特に熱烈な志望動機はなく何となく就職しました。「何が何でもA社じゃなきゃダメ」っていうのはなかったんです。

このご時世、何となく…流されるままになんて生きていると危ない方向に行きます。

変なところで性格的に頑固な癖に肝心なところで適当はな判断し意思を持たなかった自分が心底悪い…。

結果的に体育会系のノリで、社内で孤立してしまい「yumeさんは皆の足を引っ張る上、やる気が感じられない。もっと協調性を持ちなさい」と叱責される日々。

同僚も私といるとマズい…と察してどんどん離れていきました。挙げ句の果てに、土下座までさせられ私はもう耐えきれなく辞めました。

受け身で自己主張が出来ないのは性格とも言えますが、自分の考えを柔らかく表現するというのは誤解を防ぐためにも大切なことです。と分かっていながらも30代に突入した今でも、やはり苦手です。

それから転職のオンパレードが開始しました。

県庁の臨時職員や、観光施設での販売業、運送会社の一般事務など色々挑戦しましたがどれも半年から一年しか続かず全て人間関係で辞めています。

唯一、続いたのが塾の講師のお仕事でした。小学生や中学生など子供と接したり保護者と話すのは本当に楽しかったです。

何より普段の授業の予習やテスト対策,高校受験,大学受験と苦しみながら勉強した経験が最大限に発揮された仕事でした。今は学歴社会とは言えない時代に突入しましたが一応聞かれたことはスムーズに応答できたので自信があったのかもしれません。

しかし、雇用形態は正社員でなくパート社員でした。それで生計を立てていました。

毎月、必然的に発生する家賃や光熱費,通信費の支払いに加えて食費,雑費,たまに医療費などを常に考えると全く気持ちに余裕はありません。

「仕事をまた辞めるのではないか…」と不安に怯える日々に更に暗い陰を落とす出来事があったのです。

23歳の頃に実家の近くにある市民病院で軽い気持ちで受けた精密検査で多発性嚢胞腎であることが判明しました。猫にも多発性嚢胞腎という病気があることも後に知りました。腎臓は基本的に一度機能が低下すると食事,運動など生活習慣の改善で一気に機能が回復する可能性は低いです。

私の場合は、母親の家系からの遺伝でした。この疾患は人間と猫で経過が全て一致するわけではないのですが、人間は優生遺伝で75%の高確率で子供に遺伝するようです。私の母親や叔父さん、親戚の子供達は皆、多発性嚢胞腎と診断されています。案の定自分も診断の結果そうだったのですが、医師や看護師の前で大泣きしてしまいました。「今の機能がなるべく低下しないよう生活習慣に注意を払ってください」と強めの口調で言われました。

食生活では塩分は多めに摂取しない,普段から身体を冷やさない,高血圧には最も注意する,運動不足にならないこと,ストレスも溜めないようにするなあど助言を受けました。

「分かってはいるけど、つい仕事で不規則な生活になるため難しい」と嘆きました(笑)講師の仕事は本当に楽しくやり甲斐は感じられましたが昼夜逆転の生活を送っていました。授業のコマ数や生徒数,指導科目により仕事の量も変動しますが大体夕方の15時に出勤し、22時頃に退社する日が多かったです。

医師からは「妊娠や出産を希望するなら,腎機能の負担も視野に入れ30代までに決断することも大切だ」と言われました。

私の嚢胞腎の進行具合は23歳の時点で腎臓,肝臓,膵臓まで広がっていたのです。当時はデリケートな面もストレートに言うためキツいと感じましたが、病気への認識を甘くしないためだと思います。

健康への意識が高い方は世の中沢山いらっしゃいます。しかし栄養バランスの良い食生活や軽い運動を毎日完璧にこなしストレスフリーな生活を送るのは難しいでしょう。

「今日から1日1回〇〇する!!」なんて強い気持ちで開始したことも突然のアクシデントで中止なんてことありませんか!?

3日坊主の私は多発性嚢胞腎を視野に入れながらも2,3ヶ月経つと元の生活に戻っていました。

 

 

 

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